情景「プールサイド」

2021/04/08

春を待ちわびた花々

花が次々に目覚めていきます。春たけなわと言ったところでしょうか。光を感じ温みを感じ日の長短を感じ取って変容していく自然の様には驚嘆の念を禁じ得ません。
そんな自然の移ろいを見事に切り取ってくださいました。

 

(以下、柴橋さん投稿です。)

海の方から正門にかけての生垣に、蔓になって茂ったムベ(郁子)が淡黄白色の花を咲かせています。雌雄が別々なのですが、雌花には雌蕊が3本見えるのに対し、雄花の雄蕊は6本が一つに纏まっているので、知らずにいると雄蕊と雌蕊をうっかり逆に見立ててしまいそうです。雌花は内側にほんのりと淡い赤紫の筋が見られるだけなのに対し、雄花は写真でもお分かりの様に赤紫色がはっきりと濃く目立ちます。ムベの漢字表現は、香りが良いという意味の「郁」と、実を意味する「子」とを組み合わせた当て字だそうです。でも漢字だけで書かれたら、女性の名前「いくこ」だと思いますよね。

正門を入ってすぐ右にはシロヤマブキ(白山吹)が咲いています。葉もヤマブキそっくりですし、名前からして、白い花のヤマブキと思われがちですが、別種なのだそうです。ヤマブキの多くは八重咲きですし、一重咲きのヤマブキは5枚の花弁、一方こちらのシロヤマブキの花弁は4枚。それに葉のつき方も、左右互い違いにつくヤマブキに対し、こちらは左右対称です。なるほどと納得です。

さらに右手、プール棟東側のゲッケイジュ(月桂樹)が小さな花を咲かせました。ゲッケイジュは雌雄別株なのですが、日本には明治になってから初めて渡来したのが雄株で、それから株分けで各地に増やされていったために国内で見られるゲッケイジュの多くは雄株で雌株は少ないそうです。そう言われて気をつけて近所のゲッケイジュの花を見てみると、今の季節、咲いているのは確かに雄蕊ばかりの雄花です。が、この樹の花には雌蕊があるではありませんか。上記の説が正しくないのでしょうか、それとも、この樹が珍しい例外なのでしょうか。因みに、梅林傍にもゲッケイジュがありますが、そちらも雌株でした。

同じ並びには、ハゼノキ(櫨の木)が芽吹き出しました。まだ開ききっていないまま突き出した赤い葉、黄緑色の花の蕾の集まり、それらを支える湾曲した枝の様子は、ザリガニみたいというか、手長海老みたいというか …

プール棟の南側のフジ(藤)の花が咲き始めました。横に広がる壁を上から下まで花房が覆う情景には、藤棚とはまた違う趣があります。

 

(藤は、棚にして下からたわわな花房を楽しむというのが一般的で、プール棟西側の南湖院時代からの藤棚もそういう作りになっています。これを縦に見せようと試みたのは、このプールの創始者髙田準三先生です。背景の横に広がる壁を作っているのが、旧南湖院の医局(昭和5年築)になります。南湖院の遺構を大事にする先生は、外観を往時のままとして、内部をプールのフロント・更衣室に仕立て上げました。)

フジを始めとするマメ科の花は、上側に一つ、下側には左右に一対と、内側に二枚貝の様に開閉するもう一対の花弁があり、更にその内側に雄蕊と雌蕊が収められています。フジの場合には、蜜腺が上下の花弁の境の奥にあるので、そんな奥から蜜を吸うのが得意な蜂が多くやってきます。蜜を求める蜂が足場として下側の花弁を押し下げると、内側の花弁が開いて雄蕊が露出し、蜂の脚や体に花粉を自然に付着させてしまいます。

近くでは、エニシダ(金雀枝)が花を開き始めました。以前は茅ヶ崎には有り触れていましたが、昨今はそれほど見掛けなくなってしまいました。触毛の長いのはヤブキリ(藪螽蟖)でしょうか、咲いたばかりの花弁を食いちぎった様子です。藪を切るからヤブキリなのかと思いましたが、漢字の表記から、藪に棲むキリギリス(螽蟖)という意味なのだと知りました。長い触毛と全身ソバカスだらけの様なのが印象的です。

花は蜜で虫を引き寄せ …、というのがよく聞く普通のお話ですが、世の中全てがそういう花ばかりではありません。エニシダには蜜腺がなく、その代わりに花粉そのものを食べさせます。フジの周囲を飛び回る蜂をエニシダ周りには見ないのはそのせいです。エニシダもマメ科ですから、虫が下側の花弁に触れると雄蕊が飛び出す仕組みは同じです。そして虫が花粉を頬張っている間に脚や体に食べ残しや食べ散らかった花粉を自然に付着させてしまいます。写真の花では花粉が花弁に散らかっていますから、既に虫に花粉を付着させたのでしょうか。くるりと巻いているのが雌蕊です。

庭の芝生の中ごろ、冬芽が印象的だったセンダン(栴檀)も芽吹き出しました。あの灰色の黴の様だった冬芽が、こんなに大きく展開するとは驚きですが、埃にまみれたといった様子には、あぁ矢張りという感じがしないでもありません。今後の展開が楽しみです。

 

(成長を続ける葉芽の足もとの黒っぽい粒々は花芽でしょうか。)

傍の芝生の中にコハコベによく似た小さな花が目につきました。一見すると花弁が10枚あるかに見えるコハコベとは異なり、花弁の切れ目が浅く5枚であることが明らかですし、他にも色々と違いがあります。オランダミミナグサ(和蘭陀耳菜草)です。名前からも推測されるように外来種ですが、いまや在来種であるミミナグサを凌駕しているようです。ミミナグサという名前は葉がネズミの耳に似ているからとか。

 

(てっきりハコベと思い込んで見ていました。)

何かに似た花といえば、こんなのが目に入りました。カラスノエンドウの花を数ミリの大きさに小型化したようなスズメノエンドウ(雀野豌豆)です。スズメは単に小さいことを表しており、「スズメの豌豆」ではなく、「小さい野豌豆」を意味しています。小さくても花はエニシダと同じ様な造りをしています。

 

(葉のつくりも烏野豌豆に似ていますが、矢筈型はしていないようですね。)

更に、やや大きめのこんな花が目に入りました。カスマグサ(かす間草)です。風変わりな名前は、カラスノエンドウとスズメノエンドウとの中間的な大きさであることから、両者の音を一つずつ採って安直にこう付けられたという話です。

芝生の中には、キュウリグサ(胡瓜草)の群生もありました。ワスレナグサに似ていますが、それよりずっと小さく、花の大きさは2ミリくらいです。淡い青の単純な花弁に、花弁と同じ5つの要素から成る黄色の円環という、単純なれども清楚な可愛らしい花です。葉や茎を揉むとキュウリの匂いがするのが名前の由来だそうなので、やってみましたが、時節柄、嗅覚異常か?とドキリとしました。

瑞々しい若葉の柿の木を前景に、新緑が眩しい大楠を後景に、この時期の柔らかい春の光が、端正な旧南湖院第一病舎の南面を、一段と美しく引き立てています。寄棟の大屋根に下見板張りの外壁、西側に出た階段室の控えめな佇まい、大きな上げ下げ式の窓に井桁の桟、胴蛇腹に対して几帳面に上下対称に揃う一階の窓の上端と二階の窓の下端の線の端正な美、二階の窓の上の三角破風(ペディメント)に対して一階の窓の直線的装飾庇の対比、二階三つめの窓と一階から外への扉戸を中心線から外したことによる単調さからの変化 …、そして何より、均整の取れたこの美しい建物が広々とした周囲の空間と静かに調和していることこそが、嬉しくも素晴らしいことと思います。

 

(こんなにきれいに謳ってもらい、第一病舎は幸せです。)

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